〔書き出し小説 261〕best before.



向田珠美は胎児の今が
いちばん可愛い盛り。



〔書き出し小説 262〕雌雄同体




雌雄同体の人間が増えてきたのを鑑み、
その国では結婚制度が廃止になった。



〔書き出し小説 263〕どこまででも




人気絶頂のまま亡くなったロック歌手の後追い自殺をした
苅原マリエが三途の川に着くと行列ができていた。

「最後尾」

プラカードを持ったスタッフがファンを整列させる。



〔書き出し小説 264〕ゆかいな樹海


〔書き出し小説 264〕ゆかいな樹海


首吊り死体のムツ子は言いました。

「……アゴが痛いわ」

ちょうど向かいのヒノキにぶら下がっているマコトが答えた。

「ずいぶん硬い紐で首くくってたもんねぇ」

富士の樹海は、今日もにぎやか。



〔書き出し小説 265〕蛸



[前回までのあらすじ]
たこ焼きを作っていた啓子は、
傷口からたこの遺伝子が入ってきてしまった。



〔書き出し小説 266〕影の色




同僚の木下さんとの帰り道、妙なことに気がついた。

「……なんか、わたしの影だけ薄くない?」

木下さんの影がチャコールグレーなのに対し、
私の足元につながる影は、アイスグレーの色みをしていた。



〔書き出し小説 267〕銀河の隣人



月は地球を見ていた。

「あの星、最近大変そうじゃない?」

さすがにぐるぐると回り続けているだけのことはある。

「私はこのままここで、見守っているだけでいいのかしら」

月は、ちょっと考えはじめた。


〔書き出し小説 268〕影



新婚の若瀬ご夫妻は
とても仲睦まじかったため、
影がひとつになってしまった。


〔書き出し小説 270〕ポータブル栄養



おなかの脂肪が見事な東條将司は、
砂漠でラクダの群れを率いる仕事を始めた。

「せっかくの蓄えを活かそうと思って」

ヒトコブラクダと目を合わせ、
彼はにんまりと笑った。



〔書き出し小説 271〕腸内会議



沼田昭雄の腸内に住んでいる回虫たちが
会議を行っている。



〔書き出し小説 272〕異変



貴子は角が生えてきた。
由美子は触角が生えてきた。



〔書き出し小説 273〕みんなの義務教育



地球上の人口すべてに、
世界一周旅行が義務教育化された。



〔書き出し小説 274〕消えるインク



著作権は様変わりした。

印刷物の大半が3年経過すると
消えるインクで刷られることになった。



〔書き出し小説 275〕ゼリーのような雨



その雨は粘着質だった。

ぼたぼたぼたぼたと落ちてきては傘上にたまり、
柄を持つ手が重い。

その雨は粘着質だった。



〔書き出し小説 277〕眼球飼虫



目の美しい女性だな。

根本将也が見惚れていたら
彼女の光彩がかすかに動いたように感じた。

思わず怪訝なふうに眉を寄せると
なんでもないふうに、ああこれ、と女は言った。

「目玉の中に小さい虫を飼ってるのよ」



〔書き出し小説 278〕骨壺をあなたに



「赤ちゃんの誕生祝いに骨壺を贈ろう!」

女性誌のキャンペーンが意外なところで功を奏した。

自殺率が急降下したのだ。


〔書き出し小説 279〕死者からの電話



午後四時、死んだ兄から電話がかかってきました。

「もしもし。俺、敦也」

訝しく思い、わたしは険しい声で
「……兄は二年前に亡くなりました」
と答えたのですが、相手は百も承知とばかりに続けます。

「そうそう。あのときは寒かったよ」


〔書き出し小説 280〕配管工 マリオ



配管工として有名なマリオ氏はふと呟いた。

……どうして俺はピーチ姫を助けようとしているのだ?

しばらくの熟考ののち、
彼はもと来た道を引き返すことにした。

「仕事に戻ろう」

姫には王の親衛隊がいるだろう。

だいたい王国が労働者に何をしてくれたというのか。

俺には俺の仕事がある。



〔書き出し小説 281〕舞台『源氏物語』



黒人女優のマーシャの朝は一杯のミネラルウォーターで始まる。

シャワーを浴びて軽くストレッチをしたら
役作りをしなければ。

来月公演になる『源氏物語』で藤壺の役をやるのだ。


〔書き出し小説 282〕徴妻令



徴妻令が敷かれ、全国の18歳から40歳までの
良妻賢母が徴収されることになった。

3丁目の丸山さんと、7丁目の代田さんのところには
赤紙が来たらしい。

(うちには来るかしら……)

本谷佐和子は空を見上げた。


〔書き出し小説 283〕レッスン・フォー・最後の審判



「もっと慈悲を乞うような目つきで!」

「声を震わせて!」

最後の審判で天国行きを勝ち取ろう。


プレゼンテーションを教える講師が
今日も声を張り上げる。


〔書き出し小説 284〕人魚割烹




人魚ばかりを食わせる店が神楽坂にあり、
付きだしにおひたしが供された。


〔書き出し小説 286〕疑似胎児キット



政府の少子化対策の一環らしい。

疑似胎児キットなるものが適齢期の女性に配布された。

これを装着すれば、しかるべきときがくると
胎動が始まるそうだ。



〔書き出し小説 287〕南と東の妬けた肌



スリジャヤワルデネプラコッテより、
歌舞伎町のホストクラブに
国家視察団が到着した。

23時。

南の島国と東の島国の男たちが
フロアに集まった。



〔書き出し小説 288〕11ケタの範囲



親友が素性不明の男に恋に落ちた。

我々は、相手の連絡先をなんとか探し出すべく、
すべての電話番号に片端からかけてみることにした。

11ケタ順列組み合わせ。

奴は間違いなく
この範囲のどこかにいる。


〔書き出し小説 289〕からだ屋



花屋のとなりに体屋があって、
いろんな部位を売っている。

赤子の掌や老婆の耳は人気の品で、
手に入れられる者は幸運だった。

高堀カオルは今日、
湯屋の帰りに
少女の腕を一本、買った。


〔書き出し小説 290〕愛される宿命



「ねえ、愛ってなにかしら」

ダッチワイフの清美は、クマのテディに問うた。

「私、たまたま美しく生まれただけで、男が好きってわけじゃないのよね」
そしてそのまま虚ろに遠くを眺めて言う。
「愛されるのって、しんどい。……あなただってそうでしょう」

「えっ」
テディはびくっと頭を上げる。


「他人の子どもなんて、本当はそんなに好きじゃないんでしょう?」

清美がタバコの煙でも吐きだすかのように息を細く吐く。

「……まいったな」

ずんぐりした手で、テディは頭をかいた。



〔書き出し小説 291〕話術のプロ



ホストクラブ「prince princess」。

今月のナンバーワンをめぐって、
豊臣秀吉とソクラテスが女たちを呼びよせる。

酔客たちは彼らの接待にメロメロ。

「色街には酒を……」

万年ナンバースリーホストの中原中也が
遠い目で言った。


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