〔書き出し小説 71〕 ちきゅうきぼ
世界平和のことなんて、考えなければよかった。
世界平和のことなんて、考えなければよかった。
春日井琴子には秘密があり、
鏡によって異なる姿が映る。
紫式部はシェヘラザードに涼やかな微笑を送った。
物語に愛されているのは自分であることに
みじんの疑いもなかった。
古典芸能技芸保持者として名高いキャバ嬢のレイナは、
300年前にはキャバクラにも風当たりの強い時代があったのだと
懐かしそうに解説する。
となりの部屋に民族舞踊団が越してきた。
『なぜ人間は絶滅したのか』
という書物を
ミドリ色のぬるりとした触手が開かんとしている。
耳鳴りで昨夜より研ナオコが歌っている。
投資コンサルタントがやってきて、
眠っている間の時間を投資に回すように勧める。
「生涯の実に3分の1。
睡眠時間も有効活用しなくては」
口の中で飼うペットが流行している。
相原トモキの思考回路で
巨大迷路が開催される。
ミニマムインカム(最低限所得保障)ならぬ
ミニマムアフェクション(最低限愛情保障)制度の一環として、
蓮本純が家にやって来た。
九重純子は、自分がいずれ死んでしまうことに
まだ気づいていない。
富士山が、あの国に買収された。
部屋にカメラを設置したところ、
ふだん鏡で見ている自分とは違う人物が映し出された。
動作はこちらと同期しているので、
どうやらこれも私であるらしい。
入り口でくじを引いた。
しばらくののち不安になり、近くの男に
あのくじは何だったんですかと尋ねると
男はにこっと人の良さそうな笑みを浮かべて言った。
「正義の所在ですよ。
あとで揉めないように、誰が正しいかを
あらかじめ決めておくんです」
大型宇宙人のS.S.Eは
ペットに日本人を飼っている。
サッカープレイヤーの牧田は今日、目を覚ますと
自分以外のすべての人がサッカーのルールを忘れていた。
そんなゲームがあったことさえ。
牧田は途方に暮れた。
どんなにうまくプレイをしたところで、
その動作に意味を付す者がいなくなったからだ。
ルミ子は愛されていた。
しかし常々、「その愛し方じゃない」と思っていた。
あなたを操作するリモコンを息子が10年ほど使っていたようなのですが、
このたびお返しに上がりました。
そう言って初老のご両親が
黒い長方形のプラスチックを取り出した。
就職セミナーに
泣き女たちがブースを出している。
父が冷蔵庫から出てこない。
ヒロシは推理小説を、
タカシは自己啓発書を。
それぞれ年に30冊ずつ、15歳から10年間読み続けた。
これは10年後に再会した、二人の物語である。
部屋にあった謎の突起に
ためしにケーブルをさしてみた。
市役所に努める本上学(42歳)が不安そうに振り返ると、
壁際のパパとママが小さく手を振った。
『サザエさん』をフランス語で観た時の寂寥感を、
私はきっと忘れない。
B組の佐山亨が
宦官専門学校に入学した。
血液型診断が
国教に制定された。