〔書き出し小説 12〕 夜



こんな夜は、桔梗さえ憎い。




〔書き出し小説 13〕 民族



2090年、小説はほぼひとつの民族によって書かれるようになった。

どこからも不満は出なかった。


ちょうど世界中のマラソン大会でカレンジン族が
勝利を飾ることに不服をいう者がないように、
私たちは彼らの紡ぐ物語を受け入れた。



〔書き出し小説 14〕 寝返り



寝返りを打つと、そこは海だった。



〔書き出し小説 15〕 ルール



「ルールは一つ。言ってほしそうなことだけを言う」


近すぎるほど真っ直ぐ両目を見られ、
ゴクリと唾をのんだ。




〔書き出し小説 16〕 養分


ペットのジョンは
音を養分に生きる。



〔書き出し小説 17〕 永遠の作り方




栓を抜くだけで、
うずなんて一瞬でつくれる。



〔書き出し小説 18〕 乗船



乗りかかった船に乗り続けること幾月。

心なしか知らぬ香辛料の匂いがする。



〔書き出し小説 19〕 ファッション・ファッション


纏足がリバイバル流行している。

22cmのきらきらした華奢な飾りのついたパンプスを買って、
佳代子はデパートを出た。



〔書き出し小説 20〕 詰め替え用




詰め替え用があるから大丈夫ですよといって
医師は弟の体に血液をどぼどぼと注ぎ、
そうですかといって私は
自分の涙腺に替えの涙を詰め替えた。

涙はどれだけでも出てきた。




〔書き出し小説 21〕 ベルトが運ぶ



勇気が要ったのはベルトコンベアに足をのせる時だけで、
一度乗ってしまえば
あとは流れ作業に任せるだけだった。



〔書き出し小説 22〕 東京エキストラ



東京の街のエキストラを始めて5年になる。

混雑。

それを作るのが私たちの仕事だ。



〔書き出し小説 23〕 遣唐使にも終わりはある



894年、「もう学ぶものはない」といって菅原道真は唐を去った。

2016年、「もう教えるものはない」といって菅原美佐江は家を出た。



〔書き出し小説 24〕 紅茶と蚊取り線香



紅茶のティーバッグを考えた人がもし17歳で
蚊取り線香を渦巻に巻いた人に出会ったいたら、
きっと二人は恋に落ちた。

それがたとえ報われなかったとしても、
魂が引き合えば事は起こる。

それが人生だ。



〔書き出し小説 25〕 manner



あらゆるマナーは奇形化する。

それは茅野徹が降り立ったこの島においても
例外ではなかった。



〔書き出し小説 26〕 影


影は足元の接続部分をぴりぴりとちぎると、
一人で部屋の対角まで歩いていく。

こちらに向かって座り、頬杖をついた。




〔書き出し小説 27〕 世界の中心・川越市



エチオピアのコーヒーでカナダ小麦のパンを流し込むと、
クシ切りにしたカリフォルニアのグレープフルーツを頬張った。

パート先のスーパーまでは
中国製の自転車で20分。

埼玉県川越市。

世界のすべてがここにある。




〔書き出し小説 28〕 無国



トンネルを抜けても、
山を越えても、
鉄橋を過ぎても
景色は変わらなかった。

駅を出てから早4日。

ホームの記憶も、もう遠い。



〔書き出し小説 29〕 遠いところの遠いじかん



明日は中間テスト。

メソポタミア地方の歴代覇者を諳んじられなければ
無能の烙印を押される。


冬子は制服の袖をきゅっと伸ばした。


〔書き出し小説 30〕 words have a price



黒いベストの男がリストをもってやってきた。

どうやらここではたいていの言葉は無料であるが
いくつかの言葉は課金されるとのこと。



〔書き出し小説 31〕 CGBR



暮れも迫った夕方。

18歳になる弟がCGであったことが発覚した。


〔書き出し小説 32〕 腐敗葡萄



ワインの味は、女性のからだに模して形容する。

そうすることでしか捉えられないものがあるようだが、
かえって余計なものまで立ちのぼらせているきらいもある。



〔書き出し小説 33〕 お歳暮



お歳暮に巻き物をもらった。



〔書き出し小説 34〕 くす玉



くす玉が割られ、祝辞が現れた。

祭りの者は一瞬にして凍り付き、
凝視したまま動かない。

何と書かれているのか。

紙がゆっくりとこちらのほうに回転する。




〔書き出し小説 35〕 けっ作


小5の娘の学習図鑑に「けっ作」と紹介されていた
古代の仏具を見に行った日は
本当に「けっ作」の一日となった。



〔書き出し小説 36〕 小さな太陽


夫が小さな太陽を買ってきた。

商店街の道具屋で値引きされていたのだそうだ。



〔書き出し小説 37〕 星座



その星の連なりは、大犬には見えないのに
不思議とちゃんとオオイヌ座には見えた。



〔書き出し小説 38〕 授業



歴史の教科書に大幅な誤謬が見つかった。

しかし今現在、在学している者については
慌てず今の教科書で学ぶようにと達せられた。

なんの混乱もなかった。

学習の目的がそこにはないことを、
ずっと前から生徒も教師も
水面下で共有していたからだ。



〔書き出し小説 39〕 Please Knock



ノックしても応えのない扉を叩き続ければ
心が壊れる。

そこで遠藤要はドアを打楽器にした。



〔書き出し小説 40〕 翻弄



「壊そうとするなんて、まだ信じていらっしゃるのねぇ」

腰まわりのいやに色っぽい女が、
口をとがらせる。



〔書き出し小説 41〕 肉の串刺し



ブラジルから来た留学生マルチェロと僕の話をしよう。

それはきっと
シュラスコと焼き鳥の違いについて述べた文章に
よく似るに違いない。



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